三十代の終わり頃。
スリランカの宝石採掘ツアーに、何回か参加した。
採掘が終わると、観光にも案内してもらえた。
夜は、西欧風のホテルに泊まる。
ラウンジはだだっ広く、天井には大きなシャンデリア。
ソファはふかふか。
少し右手を上げて、「コピプリーズ」。
すぐに、コーヒーが席に届いた。
贅沢すぎて、逆に落ち着かなかった。
今でも、ときどき思い出すことがある。
ホテルには室内用のスリッパがなかった。
「トントントン」
ある日、部屋をノックする音。
ドアを開けた。
透明な袋に入ったスリッパを胸に抱え、白髪で痩せたおばあさんが立っていた。
たぶん「どうぞ」と言って、スリッパを僕に差し出してくれた。
「ありがとう」
そう言って受け取った。
問題は、そのあと。
「チップをあげたほうがいいんだろうか?」
「いくらあげればいいんだろう?」
慣れない習慣に、頭の中はぐるぐる回る。
おばあさんは、ドアの外で少し困ったように微笑みながら、僕を見ていた。
結局、僕はチップを渡せなかった。
あげたかったのだけど、あげることができなかった。
おそらく、おばあさんにとって、とても大事なスリッパだったと思う。
もらったチップで生活に必要なものを買う。
孫においしいものを買ってあげる。
そういうことを、考えていたんだと思う。
翌朝、宝石採掘ツアーの主催者に聞いた。
「チップをあげたほうがよかった?」
「そのための、スリッパだよ」
と言われた。
(わかっていたけど)
ごめんなさい、おばあさん。

