感謝

3週間前くらいから、右目の視界の内側に影ができていた。

本が読みづらく、パソコンも打ちにくい。

病院嫌いな僕は、それでも病院には行かなかった。

しかし、影が少しずつ大きくなった。

さすがにやばいと思って、近くの病院に行った。

眼の奥の写真を撮って、優しいおばあさん先生は言った。

「大変だーはがれてるよ。すぐ手術しないと、失明するよ」

ということで、翌日に手術、1週間の入院ということになった。

初めての手術。初めての入院。

手術前の血圧は高かった。平静を装っていたが、正直こわかったので。

でもまったく痛くなかったし、15分程度で終わった。

問題は入院生活。一週間の予定だったが、二日でギブアップした。

まだ手術をした右目は、水の中で目を開けたようにぼやけていたが、

無理を言って、自宅で安静を条件に退院させてもらった。

狭い空間。食事と寝ること以外は、何もすることがない。というかしてはいけない。

無理だった。病気になってしまいそうだった。

先生、退院するために少しだけ嘘をつきました。ごめんなさい。

 

退院して1週間がたった。まだ少し見づらいが、

やっと本が読めるようになった。仕事もできるようになった。

健康であること、元気で普通に生活できることはありがたいことなんだと思った。

感謝。感謝。感謝。

 彩雲(さいうん)

おぼえられない人

僕は人の顔と名前、そして道がなかなか覚えられない。

ずっとお店をやっているのに、お客さんの顔と名前が覚えられないのは問題がある。

だから接客は苦手だ。

ときどき道を歩いていると、挨拶をされたり、話しかけられたりするのだが、

「誰だっけ?」ということがよくある。ほんとうにごめんなさい。

一昨年閉店した山形のお店は約14年間、月に1、2度通った。

往きは迷わずに行けたのだが、帰りはとうとう閉店する日まで迷った。

一方通行が多く、道路工事も頻繁で、道が変わったりしたので。

というのが言い訳だが、

それにしても14年間も迷うというのは、やはり僕はどこかおかしいと思う。

学生の頃は試験前日の一夜漬けが得意だった。

まあまあの成績だったが、試験の翌日にはほとんど忘れた。

友人に言われたことがある。

「お前は覚えるのは早いが、忘れるのはもっと早い」

僕は酉年、3歩歩けば忘れてしまう。

でも、もちろんずっと覚えていることがある。

忘れたくても忘れられないこともある。

 

たぶん、頭だけで覚えたことはすぐに忘れる。

心が動いたことはなかなか忘れない。

心が躍るとか、心に突き刺さるとか、心があったまるとか、心が通じるとか。

どきどき、ぐさっ、じーん、ほのぼの、ほんわか~、としたら心が動いている。

なので、人の顔と名前を覚えるために、

まずは嫌がられない範囲で相手に興味を持つことから始めようと思う。

もしかしたら心が躍るかもしれない。心が通じるかも知れない。ので。

 

あとは道だな。道を覚えるにはどうしたらいい?

これはまったく自信がない。

彩雲(さいうん)

「いろ習慣」という本を読んでいる。

人と色との良きお付き合いの方法が書いてある。

とても面白くためになる。

子供の頃は身近に「色」はあまりなかった。

テレビは7歳か8歳のときに我が家にやってきたが、白黒だったし、

家の中はいわゆるベーシックカラーが多く、明るい色は少なかった。

だから反動だろうか、大人になって色が好きになった。

僕の働く手作りアクセサリーのお店は「色」がいっぱいある。

色の組み合わせで無限の色合いのアクセサリーが作れる。

でも、気づいた。

僕の周りにはいろいろな色を置いて、カラフルを楽しんでいるが、

身に付けるもの、服とかアクセサリーとかの小物の色使いは偏っている。

好きな色は青と緑と黄色。あとは黒、白、グレーと少しだけ紫。

身につける色は基本的にこの7色。

身に付ける色がその人のキャラクター。もしくはなりたい私らしい。

たとえば青は知的で誠実、緑は中立で平和。黄色は解放的というふうに。

言われてみればそうだなと思う。そういう感じになりたいと思っている。

そして、身につけない色は、

足りないもの、苦手なもの、不必要と思っているもの。

赤はリーダーシップ、オレンジはコミュニケーション、ピンクは若さ優しさ。

これもあたっている。これらは僕には足りないまたは苦手なもの。

同じような色に偏らないで、

いろいろな色を受け入れて、身につけられるようになると、

こころが柔軟になって、感性が磨かれて、自信もつき、苦手のものが少なくなり、

なりたい自分に近づけるらしい。

思ってる以上に「色」すごいみたいだ。

それとこんな事が書いてあった。

「色が好きな老人は老け込まず、ボケない」

がんばってみよう。

彩雲(さいうん)

共同制作第二弾始動

晦日と元旦に休みをもらった。

格闘技の「RIZIN」を見て、あとは「NETFLIX」で映画三昧。

晦日とお正月が、毎年少しずつ普通の日になっていく。

 

今年最初に2人の孫の顔を見たのは1月5日だった。

「あけましておめでとー」

そしてお年玉。

「ありがとー」

やっとお正月らしさを味わった(´∀`*)

 

もうひとつ嬉しかったこと。

孫娘のひまりんがーから宿題をもらった。

「じいちゃん歌つくろう」

「じいちゃんが詩をつくって、ひまちゃんは絵を描いて曲をつくる」

「海が好きだから海の話にして」

「いい?」

「いいよ。わかった。」

ひまとじいちゃんの共同制作第二弾始動。

 

この子はほんとうに「つくる」ことが好き。

絵も描くし、大きなダンボール箱をカッターでギコギコ解体し、

それを材料にして犬小屋や卓球セットやピンボールマシーンをつくる。

設計図はなし、見本もなし、自分の頭の中にあるイメージで目見当でせっせとつくる。

出来栄えはというと、おーすばらしい。とてもユニーク。

最近は言葉を綴り曲をつけて歌うことが楽しいらしい。

ほんとは全部自分でつくりたいひまりんがー。

でも言葉を綴るのはまだ難しいみたいで、僕の宿題になった。

ありがとう。お手伝いしますよ(^O^)

 

彩雲(さいうん)


hyakka-saiun.com

 

良いお年を

今日で仕事納め。

31日、1日は休みで2日からお仕事。

今年はどんな年だったかといえば、真面目にコツコツと仕事をした年。

行動範囲は狭く、自宅と職場とコーヒーショップの行き来を繰り返す毎日だった。

こじんまりと、ひっそりと、地味に生きた感じの2018年。

 

でも、周りの若い人たちは忙しそうに動いている。

自分の世界を広げ、できることを増やしている。

ひとりは今、同じ大学生の彼女と一緒にロシアへ遊びに行っている。

ひとりは来年、仕事でドイツと香港に行くと言っていた。

ひとりは仕事で毎月、中国と日本を行き来している。

彼らとのお付き合いは15年以上になったが、

今は、それぞれが自分の世界で動いている。

何をしているか教えてくれるのだが、

僕とは違うことをしているので、何をしているのかよくわからない人たちになった。

やっぱり、人はそれぞれ。それぞれが面白い。

よくわからない彼らになったが、頑張っている彼らに親しみが湧いてくる。

こういう関係もいいなと思う。

 

さて僕の方は、

「もういやだー」というぐらい動かなかったら、

必然的に「動きたいー」という気持ちに変わる。

振り子の一方が極に達したら、もう一方の極に向かうように。

来年は「動きたいー」という気持ちになるのかな?

 

みなさま、今年もお世話になりました。

ありがとうございました。

良いお年をーーー

彩雲(さいうん)

 

ギャップ

ふと思った。

あーこの道はもう30年も歩いている。

仙台に引っ越してきて30年。その間、自宅も会社の事務所も何ヶ所か変わったが、

散歩コースになっているこの道だけはずっと行き来している。

普段はあまり意識していないが、じっくり観てみると、

やっぱり町並みも風景も大きく変わった。

道沿いのお店や建物、古くなったり新しくなったり無くなったりしている。

それから、僕と同じようにずっとこの道を行き来している人たち。

お腹の太さも、頭の上も、顔のシワもようすが変わった。

あたりまえだがみんな歳をとる。

時間はえらいな。さぼらない。きっちり流れる。

 

たぶん老いとはこの物理的な変化のことをいうのだろうと思う。

心の中はさほど変わっていない。

三つ子の魂百までもとか、人間は変わらないとかよく人が言うように、

みんな、心の中にはずっと少年少女が居着いている。と思う。

だから困る。相変わらず成長していない自分の心と老いていく体とのギャップ。

どう折り合いをつけるか、これがけっこう難しい。

 

あくまでも体の老いに抵抗し若さを保つために悪戦苦闘するか、

心を体に同期させ優しいおじいちゃんになるか、

体の老いは受け入れるが、心の中の少年少女をそのままにしておくか。

方法はいろいろ、人それぞれに折り合いをつけるのだろうと思う。

ギャップはますます大きくなっていくが、僕は最後の方法がいい。

 

残念ながらケーキも、チキンも、プレゼントもなにもないが(;_;)

Merry Christmas!

彩雲(さいうん)

マネ

もう何年も前からマネは我が家の庭をテリトリーにしていた。

最初は庭のベンチの上でよく日向ぼっこをしていた。

そのままくつろいでいればいいのに僕が近づくとすぐに逃げた。

その状態が随分長いこと続いたが、半年くらい前に様子が変わった。

いつでも逃げられる態勢を取っているが、約2メートルまで近づけるようになった。

この頃のマネの名前は、にゃんこにゃんきち。固有名詞ではなかった。

そのうち、僕の顔をみるとにゃーと鳴くようになった。

距離もわずか30cmまで近づける。でも頭を撫でようとすると猫パンチされる。

顔が可愛くなった。猫も安心だとわかると顔が緩む。俺たちは仲間になった。

 

一か月前に名前を変えた。

猫パンチをする姿が招き猫を思わせるので、お金を招く、お客を招くのマネにした。

招き猫の縁起に恥じない活躍をしてほしいと思う。

野良のマネは寒さにめげずに元気だ。

犬は喜び 庭かけまわり、猫はコタツで丸くなる~と歌にあるので、

猫は寒がりだと思ったが、そうでもないらしい。

雨ニモマケズ風ニモ雪ニモマケズたくましく生きていくマネ。

がんばれーという気持ちになる。

僕も寒サニモ年ニモマケズ、はりきらなくては!自らを活気づけなくては!

彩雲(さいうん)