カーナビはときどき嘘をつく

車の運転が苦手。
一時間が限界なので、電車やバスでしか遠くへ行けない。
大きな事故を起こしたわけではなく、たぶん運転は下手くそではない。
なのに、運転は苦手。
初めて行くところはドキドキする。

なぜか、友人はみんな運転が得意。
楽しそうに、すいすい進む。
僕は、神経をとがらせながら、とろとろ進む。

そんな僕が、車で閖上海岸まで行った。
前々から行きたかったのだが、行けなかった。
閖上は、宮城県名取市にある海辺の町。
自宅から、約一時間で行ける。
港や朝市もあり、海の幸で知られる町。
着いてすぐ、来てよかったと思った。

水平線が長かった。
砂浜が広かった。
海のキラキラ。
潮風の匂い。

僕は、海のすぐそばで育った。
懐かしい気持ちが湧いて、二時間近くそこにいた。

帰りも、ナビを頼った。
だが、迷った。
(僕はかなりの方向音痴)
行き止まりと方向転換を繰り返した。

カーナビはときどき嘘をつく。
それでも、またナビを頼って行こうと思う。

 

盛岡

三泊四日で盛岡へ行ってきた。

仙台から新幹線で、一時間ぐらいで着く。
少し長めの小旅行。

いつものように、知らない街をてくてく歩く。
観光地、商店街、図書館、美術館。
それから、カフェ巡り。
本を読んだり、いろいろ書いたりして過ごした。

天気は、ずっと曇りだった。

僕は不思議と、旅に出るといつも晴れる。
今回は雨こそ降らなかったが、ずっとどんより空。
帰る日だけ晴天。
少し残念。

もう一つ、残念なことがあった。

ホテルは、機械でチェックインもチェックアウトも済ませる無人式だった。
便利で簡単で早い、といえばそうだけど、味気ない。

機械は挨拶してくれない。

「こんにちは」
「ありがとうございます」

そして、笑顔もない。

少し寂しい気持ちがした。

昨日、帰ってきた。
今、いつものカフェでこれを書いている。

旅の副産物。
いつものカフェが、少し新鮮に感じる。

仕事、がんばろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誕生日おめでとう。

やさしい人たち

昨日、スーパーでのこと。

腰の曲がった、杖をついたおばあさんが、店から出ようとしていた。

ドアは手動だった。

僕は、おばあさんの後ろにいた。

ひとりで開けるのは難しいかな、と思った。

すると、先に出た若者がドアを開けたままにして、おばあさんが出るのを手伝った。

でも、出口の先には数段の階段があった。

若者は、まだおばあさんを気にかけ、手を差し出そうとした。

そこへ、通りかかったひとりの女性が、おばあさんの手を取った。

「私が」

そう言って、いっしょに階段を降りた。

若者は、それを見て、ほっとしたように歩いていった。

その後ろ姿が、やさしく見えた。

ドアを開けて、待つ人がいて。

手を差し出して、いっしょに歩く人がいて。

もう大丈夫だと見届けて、去っていく人がいる。

杖をついたおばあさんが、笑顔で礼を言う。

たぶん、みんな知らない人。

やさしい人たちがいた。

いつものひとつ

散歩でよく歩く、けやき並木の通りがある。

その道沿いに、老夫婦がやっている中華料理屋さんがある。
大きなビニールの看板は、塗料が縞模様に剥がれ、入口に敷かれた緑の玄関マットも、半分ほど表面がすり減って、下地が見えていた。

外観は古びていた。
でも、このお店はいつもきれいにされていた。

看板もマットも、新しいものに替えなかった。
夫婦で店を守ってきた、その歴史を大事にしたかったんだなと思う。

普段は、昼食はパン一個。
でも、一度だけこのお店で中華丼を食べた。
おいしかった。

八月三十一日。
いつものように、けやき並木を歩いた。
老夫婦のお店に行列ができていた。
なんだろう?
半額の日とか?
二時間後、また前を通った。
ちょうど昼食時で、行列はますます長くなっていた。

そして、昨日。
「閉店のお知らせ」が、ドアに貼ってあった。
そこには、
「長い間、お店を支えてくれて、ありがとう」
と書いてあった。

なぜ行列ができていたのか、わかった。
このお店には、別れを惜しむ人たちが大勢いた。
僕も、行列に並べばよかった。

これでまた、いつものひとつが、なくなった。
いつもの店。
いつもの顔。
いつもの笑い声。
明日もそこにあるような顔をして、ある日ふっと消えてしまう。
ちょっと寂しい気持ち。

なんてことを思ってしまった。
毎日を大事に生きねば。

マンガ

子どものころ、近所にマンガ専門の貸本屋が二軒あった。

父がマンガ好きで、僕は毎日のように借りに行かされた。

たしか、一泊二日で十円ぐらいだったと思う。

そんなわけで、僕もマンガばかり読むようになった。

そんな僕を心配したのか、母がマンガではない本を買ってきて、僕に読めと言った。

『家なき子』という本だった。

僕は、それを読んで泣いた。

「ああ、こういう本もいいもんだ」

そう思った。

でも、やっぱりマンガを読み続けた。

二十代のはじめ、無職になった。

それまで勤めていた会社を辞めたのは、なぜかゲップが止まらなくなったからだ。

汚い話ですいません。

これは本当の話なのだが、あとになって考えると、

「早く辞めろー」と、心が催促していたのだと思う。

本当は、会社を辞めたかった。

けれど、「こういう理由があるから辞めるんだ」と、自分を納得させられるものがなかった。

だから、ゲップのせいにしたのだと思う。

ずるい。

とはいえ、ゲップが止まらないというのは、本当に苦しかった。

会社を辞めたら、ゲップはピタッと止まった。


無職になり、しばらく家にこもった。

そのとき、なぜか急に、小説を読んでみようと思った。

本屋さんへ行き、選んだのは『燃えよ剣』。

司馬遼太郎さんが書いた、幕末の新選組副長・土方歳三を主人公にした小説。

そのあと、司馬遼太郎さんの本をほとんど読んだ。

夢中になった。

朝から晩まで読んだ。

それから、あまりマンガを読まなくなった。


「月に五冊以上、本を読め」

次に就職した会社の社長から言われた。

ビジネス本、自己啓発本、スピリチュアル本。

必死になって、いろいろな本を読んだ。

読書は、この世界には自分の知らないことが、まだまだたくさんあるのだと教えてくれた。

お金も時間もかかったけれど、この社長には感謝している。

残念ながら、その会社はもうない。

四十代になると、エンタメ小説ばかり読むようになった。

おもしろくて、勉強にもなる本がたくさんあった。

『燃えよ剣』から始まった僕の読書は、半世紀近くたった今も続いている。

で、最近、本屋さんへ行くと、吸い寄せられるようにマンガのコーナーへ立ち寄るようになった。

『ONE PIECE』
『薬屋のひとりごと』
『葬送のフリーレン』

読んでみたい。

きっと、夢中になると思う。

 

あったかいとこ希望

寒い……。

ここは、南極か!
(行ったことないけど)

っていうぐらい寒い。

外は小雨。

こんなに冷房を効かさなくてもいいのに……。

上着を着てボタンをとめる。

ブランケットを取りに行き、膝にかける。

まだ熱々のコーヒーを飲む。

……それでも、寒い。


ここは、ときどき来るコーヒーショップ。

いつのまにか、スタッフの顔ぶれが変わった。

同時に、エアコン調整も変わった。

周りをみて、確かめた。

寒そうにしている人はいないか。

でも、そんな様子はない。

みんな、半袖で悠々としている。

寒いのは、僕だけかもしれない。

スタッフさんに、寒いって言えない。

あと、30分、がまんして、外に出よう。

もう少し。あったかいコーヒーショップをさがそう。

Tシャツの背中

「あきらめるな」

「やる気スイッチ故障中」

仙台の街を歩いていたら、そんな言葉が目に入ってきた。

前を歩いている人の、Tシャツの背中。

歩く標語マンからのメッセージ。

にんまり笑ってしまった。

スマホで「おもしろTシャツ」と検索してみた。

「ぽんこつ」

「反省中」

「おまえがやれ」

などなど、いっぱい出てきた。

こういうTシャツは、どんな気持ちで着るんだろう。

自己主張?

承認欲求?

それとも、ただの洒落?

恥ずかしがり屋の僕には、着られない。

だけど、同年代の人が着るとしたら——

そんな前提で考えてみた。

「反省はしている。後悔はしていない」

「今日も生き延びた」

「まだ死なん!」

「まだまだこれから」

「振り返るな。何もない」

「人生、ほぼ寄り道」

「やる気、捜索中」

「大器晩成。まだ途中」

どうだろう?
着てくれるじいちゃんはいるだろうか?