ひっこし

家を引っ越して半月がたった。

ここに決めたいちばんの理由は景色がよかったから。

小高い丘の上に立つこの家の2階からは仙台の町並、遠くには海もわずかだが見える。

住宅地なので高い建物もなく、ぐるりと空が広い。

朝は太陽が辺りをオレンジ色に染めて、遠くの海から顔を出す。

空がぐるりと広いからか、美しいお月さまがぽっかりと近くに見える。

もうひとついいことがあった。

この家のすぐ側に大きな桜の木が3本植えられていて、引っ越した日は満開だった。

 

7月には、25年間やってきたお店を閉めて、

この家の1階を仕事場にしてネット販売だけしようと思っている。

何人かの、よく来てくれるお客さんにこのことを伝えたら、

「さびしい」「ショック」「やめないで」など嬉しい言葉をいただいた。

普段、お客さんとあまり喋らない僕は少しびっくりした。

こんなふうに思ってくれるんだと(TдT)。 

 

前の家、お店と慣れ親しんだところを離れるはやっぱり寂しい。

でも新しい生活を考えると少しわくわくする。

あと何年できるか分からないができるだけ長くここで仕事をして、

行きたいとこにできるだけ行って、

やりたいことをできるだけやろう思っている。

がんばろう。

マネレン

たぶん猫は人間の言葉や気持ちを理解する。

「あと少ししたら家を引っ越す。もうご飯はあげれないけど元気で生きて」

5日くらい前に野良のレンに引っ越すことを伝えた。

すると翌日からレンの様子が変わった。

いつもならご飯をたべたら、さっさとどこかへ行くのだが、どこへも行こうとしない。

僕をずっと見ていて、おいでと手招きすると、ニャーと鳴きながら寄ってくる。

屈んでレンの頭をなでると、ゴロゴロと喉を鳴らし、転がって何度もお腹を上にする。

いつもは尻尾を少し上に向けゆらゆらと揺らしていたのだが、

だらーんと下がったまま。

調べてみると、これは寂しさや悲しさを感じているときだそうだ。

警戒心がなかなか解けなかったレンが、

お別れを告げた翌日からこんな様子に変わった。

相棒のマネはあの日、身体を震し、ときどき痙攣をしていた日から姿を見ていない。

きっとこの家の床下で眠っていると思う。

心を癒してくれた。ありがとう。マネレン。

 

明日の朝、最後のご飯をレンにあげる。

この家で寝るのは今日で最後。

お世話になりました。

震のこと

3月15日、お店を休んで、名古屋にいる震(しん)に会いに行った。

震の大学院の卒業祝いと、送別会のために。

彼は中国の仕事仲間の潘(ぱん)さんの一人息子で、40も離れた僕の若い友人。

15年前、仕事で天然石の市場がある中国の東海というところに行ったとき、

潘さん家族と知り合った。そのとき彼は小学3年生。

それから年に1~2度は中国東海へ行き、潘さん家族にお世話になった。

今でもときどき思い出すのは、

天然石の市場を歩き回って、疲れたら一人でコーヒーショップでサボるのだが、

後ろを振り返ると震が僕の後をついてきていたので、

2人でコーヒーショップに入って、お互いに身振り手振りと、筆記で会話したこと。

少しはにかむ彼の様子は、とても可愛いかった。

それから8年後、18歳になった震は留学生として日本に来た。

日本語学校を経て明治大学に入り、それから愛知大学大学院に入って、

今年の3月に卒業して、4月5日に両親が待つ中国へ帰る。

彼は勉強だけでなく、よく働き、そしてよく遊んだ。

沖縄から北海道まで、日本全国を旅した。

仙台には5回遊びに来てくれた。

一人できたり、潘さんときたり、お母さんときたり、彼女と来たり。

10歳だった震が25歳になって、その成長を見させてもらった。

 

15日の夜に二人で食事をして、16日の朝に一緒にコーヒーを飲み、

10時間くらいいろいろお話をした。お互いに秘密も暴露し合った(≧∇≦)

中国に帰ったら潘さんの経営する会社に入って、

いずれは後を継いで社長になる。

かなりのプレッシャーだと言っていたが、ガンバレ震。

いつもニコニコ顔の潘さん、よかったね。やっと最愛の息子が帰ってくる。

今度は中国で会いましょう。

 

 

翌日16日に、お墓参りに広島に帰った。

そしてこの日、仙台市震度5強の大きな地震があった。

19日の夕方に仙台に戻り、お店を見て愕然とした。

商品は床いっぱいに散らばり、いくつかは破損していた。

あーまた片付けだーと思った。この2年で3回目の地震後の片付け。

片付けは4日かかったが、なんとかやりこなした。

 

3月25日からお店の営業再開しています。

けっこうみんなやさしい

うちのお店はほぼ暇なお店。

広告は20年以上したことがない。

なぜかといえばお客さんが多いとお店は困ったことになるから。

お客さんは自分好みのアクセサリーを作るために、最初に素材を選ぶ。

ずらーっと並んだ素材の中から選んでいくのだが、

ああでもないこうでもないと考え、とっかえひっかえして選んでいく。

そして、素材のほとんどには値札がついていない。

お客さんが選んだ素材で、スタッフがアクセサリーを手づくりしたあとに、

ひとつひとつの素材の価格を調べ、やっとお会計になる。

お客さんは早くて30分長い人で2時間くらい滞在する。

売り場は約20坪あるが、

7~8人が素材を選ぶともうバタバタしてゆっくり選べなくなる。

そして一番手間暇がかかるのは、元の位置に戻す作業。

お客さんが、とっかえひっかえ選ぶ素材は元の位置に戻ってないことがけっこうある。

それを元の位置に直すのは時間がかかる。

たぶん、うちのお店はものすごく費用対効果が悪い。

何年かぶりに来店してくれたお客さんによく言われることは、

「よかったーまだあったー」という言葉なのだが、

なぜかは明白。

お客さんが多いと困ったことになるお店は誰も真似をしようと思わない。

なので、場所的にも人が集まるところではないが、25年もっている。

費用対効果が悪いお店は、あまり儲からないが長持ちする。のかもしれない。

 

先日、久しぶりに店内に3組10人のお客さんが入った。

年に3回くらいこのようなことがある。

今はスタッフは私一人なので、こいう事態には多少緊張する。

スムーズに事を運ばねばお客さんを待たせてしまう。

なので、こんなとき私は、本来自分がすべき仕事をお客さんに頼む。

たとえばお客さんが選んだ素材の価格を種類別に紙に書いてもらうとか、

素材にゴムひもを通してもらうとか、商品を袋詰めにしてもらうとか。

このような頼みごとをしても、いままで嫌な顔をされたことは一度もなく、

進んで手伝ってくれる。けっこうみんなやさしいのだ。

 

少し考えたら身近に優しい人はけっこういる。

ずいぶん助けてもらっていることに気づく。

人には優しさとか親切とか、こういうものがいちばん必要なのかもしれない。

優しい気持ちのほんの一言、ちょっとした気配りが身に沁みることもある。

自分のことを考えると反省することしきりだが、

こういうものをもらったりあげたりして、生きていければいいなと思う。

元気で

野良のマネに元気がない。

ご飯の時間によく遅刻するようになった。

こないときもときどきある。

食欲がずいぶんと落ちた。

マネには友達がいる。

よくマネと一緒のいるから連と名付けた。

二匹の猫が玄関前で並んでご飯を食べる。

レンはサバトラ猫でしっぽが長くて毛並みもよく艶やかで動きもしなやか。

マネは白黒猫でしっぽは短く、人間に接着剤でもかけられたのか、

ところどころ毛が束になって固まり、毛並みも毛艶もゴワゴワで、動きはのっそり。

レンは若くマネは老い、見た目も性格もまったく違うが、仲がいい。

よくわかる。人間もそう。自分とはまったく違う人を好きになることがある。

立場はマネが親分でレンが子分。喧嘩したらレンのほうが強いと思うが、

猫社会にも年功序列があるのだろうか。

 

3年くらい前から、マネにご飯をあげるようになった。

レンは半年くらい前からあげている。

その前はレンはマネの食べ残しを食べていた。

ご飯を食べ終わったら、さぁーとどこかへ行ってしまうが、

それでも、愛犬のモモが死んで、その寂しさをマネレンが埋めてくれた。

でもここ最近、マネは元気がない。精気が感じられない。

一気に年をとったように顔つきも変わった。

ただの風邪だったらいいのだが。。。

 

もうすぐ家を変わることになった。

マネレンにもうご飯をあげれなくなる。

どうか元気でいてほしい。

会話

朝のコーヒーショップでのこと。

パソコンで電話している中年の男性がいた。

彼は少し離れていたが、僕の左側に、向く方向が90度になる位置にいた。

つまり、彼の話し声が僕の左耳にストレートに入ってくる。

僕は、本を読んでいたのだが正直イラついた。

それでも話が終わるまで我慢しようと思い、

本に集中しようとしたが、この日は出来なかった。

いい加減にしてくれと心の中で叫んだ瞬間、

顔が左側に向いて、彼の目を捉え、睨んでしまった。

彼は、電話の話し相手に「怒られたみたいだ」といって電話を切ったのだが、

10分後にまたかけた(´;ω;`)僕はその店を出た。

 

コーヒーショップでの電話はマナー違反のはずなのだが、ときどきいる。

若い人はほとんどいない。

残念ながら、僕の経験では中年男性がいちばん多い。

複数の人に次から次に電話する人もいる。

彼らはどうしてマナー違反をして、どうでもいい話をするのだろう。

寂しいのだろうか?

大人であることと年齢は、あまり関係がない。

 

以前から思っていたのだが、

なぜ、電話の話し声は気になるのに、

複数の人の会話はさほど気にならないのだろう。

考えてみた。

話した言葉を受け取る人がいるかいないかの違い。

言葉は目の前に受け取る人がいると、その人の中に入って、大半が消えていく。

受け取る人が目の前にいないときは、言葉は空中に浮遊し、

誰かが受け取るまで消えて無くならない。

つまりそれを受け取りイラつく人が必要なのかもしれない。

 

会話にもいろいろある。

話好きな人と聞き上手な人との会話。

または、お互いにちゃんと相手の話を聞いている会話。

この場合は、傍にいる人はほとんど気にならないような気がする。

双方が話したがり屋さんで、お互いに相手の話を聞いていない。

または一人が一方的に喋り、相手は聞くふりをしている。

この場合は、傍にいる人は気になってしまうのではないだろうか。

こんど確かめてみよう。。。

良いこと悪いこと

またやってしまった。

右の人差し指、手首、肘、腰、ふくらはぎ、足首が痛い。。。

腱鞘炎。マウスとカメラで人差し指の使いすぎ。

たった1本の指を使い過ぎただけで右半身が全体的に痛いなんて、

身体は隅々まで繋がっているのだなと思う。

こうなると、できるだけ右の人差し指を使わないようにするしかなく、

痛みが消えるまで2ヶ月くらいかかる。

今も、左手でマウスを操作している。

治るまで時間がかかるようになった(´;ω;`)

 

30代までは、たとえば切り傷を負っても2~3日で治った。

けっこう深く切っても治るのは早かった。

物語によく登場する、深手を負ってもみるみるうちに傷が消え復元する生物がいるが、

自分はこの生物の仲間じゃないかと思ったぐらいだ(の´ⅴ`の)

直ぐに治ってしまうので、自分の体にあまり注意を払わなかった。

でも今はもっと自分の体の声を聞かなければならないなと思う。

「コレイジョウコクシシタラキケンキケンキケンピコピコ」

と、体の中の警告センサーは発動し訴えていたと思うが、聞く耳を閉ざしてた。

無理をしてはいけない年齢になったと、自分に言い聞かせなければならない。

 

でも、悪いことばかりじゃない。

たいていの場合、良いことと悪いことは交互にやってくるか、

セットになってやってくる。

先日、ずっと会いたいと思っていた人に偶然コーヒーショップで会った。

元旦には、久しぶりに孫二人に会えたし、

今年は会いたかった人に会える年なのかもしれない。