「しゃちょー」。「じーちゃん」。

30歳のときに独立して、それからずっと僕を「社長」と呼ぶ人が周りにいて、

ああ自分は社長なんだなと自覚し、それなりに社長らしく振舞った。

48歳のときに初孫が生まれ、それから「じいちゃん」と呼ばれるようになって、

ああ自分はじいちゃんなんだなと自覚した。

でも、「社長」と呼ぶ人も「じいちゃん」と呼ぶ人も傍にいなくなると、

どうなるかといえば、忘れてしまうのだ。

自分が社長であることやじいちゃんであることを。

普段は立場も年齢も定かではない自分になっている。

たとえば道を歩いていて、すれ違うおじいさんがいる。

そのときの僕は頭の中で年齢不詳なのだが若者っぽく、

すれ違うおじいさんを僕よりずいぶん年上の人という目で見ている。

そしてあとから気づく。僕もおじいちゃんだったと。

たとえば人の大勢いるところで、「社長」と呼びかける人がいる。

それは僕に向けられた言葉ではないが耳に届く。

そして、あー昔僕もそう呼ばれていたことがあったなと懐かしく思う。

じいちゃんとしての役割は、またいつか必要なときがくればいいなと思っているが、

社長としての役割は卒業だなと思う。

考えてみたら、名前で呼ばれたことがあまりない。

「しゃちょー」。「じーちゃん」。

いままで、仕事と家族の関係という狭い世間で生きていた、ということだと思う。

これから、名前で呼ばれる関係をつくっていかねば。