ありがとうみんな(ショートショート)

僕はどうしても、もう一度、飛びたいと思った。

たしかに、障害がある。

一つは、ひっくり返らないと、今の状態では飛べない。

二つは、体力が限界に近い。僕はもうすぐ死ぬ。

三つは、落ちたところが悪かった、周りには人間がいっぱいいる。

でも、僕は諦めたくない。

やるだけのことはやってみよう。

 

僕は人間からトンボと呼ばれている。

長い間、水中で暮らし、この夏やっと成虫になった。

楽しかった。自然と共に遊び、たくさん恋をした。

しかし僕は、ひと夏しか生きられない。

夏が過ぎようとするとき、空を飛んでいた僕は、

突然、翅が動かなくなり、仰向けに落下した。

でも、僕はまだ生きている。

近くに人間がいっぱいいるが、僕に気づいているのはひとりのおじいさんだけだ。

僕が踏んづけられないように見守ってくれて、がんばれって心で言ってるのが聞こえた。

もう一度飛んで、太陽と呼ばれている、

あの丸くて大きくて温かいものにできるだけ近づいて死にたい。

 

僕は最後の力を使う。

身体をひっくり返し、飛べる状態にし、

そして、翅を動かし、上空へ飛んだ。

やった。最後の飛行に成功した。

あとは、命の限りまで、あの温かいものに近づくだけ。

 

そろそろ限界みたいだ。

翅がもう動かない。

気を失いかけたとき、強い風が吹いた。

風は僕を空中に漂わせ、遠くまで運び、

観たことのなかった、広大な青い海を見せてくれた。

僕が生きていたこの世界はなんて優しく美しいんだ。

ありがとうみんな。